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パワーヘルスの歩き方

W辺先生は、お金に苦労なさったことはないようだが、信用という点で嫌な思いをさせられた自営業者のお1人ではあった。 以下の文章は、「作家の信用度」と題して「噂」1971年11月号に書かれたものだ。
文中「去年」とあるのは、したがって7O年のことになる。 同人誌「くりま」に作品を発表していたW辺氏は、6九年に医大講師をやめて上京、その翌年には『光と影」でいきなり直木賞という幸運に恵まれる。
ものは考えようだが、これなりに1応、恵まれたほうだと単純に思っていたのだが、大変な考え違いというものだった。 それと気付いたのは去年の初めだが、東京にいて、いつまでも高い部屋代を払っているのも馬鹿らしいということで、手とり早いところ安いマンションでも買おう、ということになった。
頭金さえ揃えば、あとは10年、15年というローンがあり、怪しい稼ぎながら、その程度ならなんとか払えるだろうと、高をくくったのである。 ところがこれが大変な誤算であった。
そのマンションは民間のだから、入居者の収入基準などというむずかしいものはいらない。 むしろある程度以上なら、収入は高いにこしたことはない、というわけである。
〔中略〕ところがこのローン適用の資格審査というのがやたらとむずかしい。 前年、前々年の年収証明書、保証人を2名、その各人の年収証明と、やたらと書類ばかり要求し、最後に決まったのが、失格だというのである。

私はいささか頭にきて、「理由はなんだ」ときくと「年収に問題がある」という。 それで「これだけあれば10年ローンでは充分だ、むしろ楽すぎるではないか」と文句を云うと、「いまの年収でなく、それの継続性に疑問がある」という次第。
要するに銀行側の云う「書いて稼ぐ」をビジネスの基本だと考えて、いまの年収は充分でもそれが10年先まで続く保証はない、というわけである。 》私なら、銀行員だって10年先の保証などあるまい!と言うところであり、『売文生活』にも書いたとおり同じような場面で実際そう言ったこともあるが、そこは御大、さすがに育ちがよろしい。
《云われて私は呆然としたが、考えてみるともっともである。 たしかに今日、私の原稿が売れているといって、明日も売れるという確証はない。
実際明日にでも私が死んで、死ななくても書症かノイローゼにでもなったら終りである。 彼の後輩たちのためにも、もうちょっとがんばってほしかったところだが、御大が関心あるのは同じ後輩でも「若くて美しい女性」限定のようなので、がまんしてやってほしい。
《彼等の云うところによると、年収などは高い必要はない、ローンの適用基準ぎりぎりでもいいから堅い商売の人がいいというわけだ。 「低くても公務員や1流会社の方なら問題はございません」という。
なるほど世にもの書きほど小さな経営はない。 そこで納得してはいけない、この旧パラダイムな発想が銀行を死に追いやるのだ、は即座に思うのだが、W辺氏は対照的に、そもそもが、公務員的だ。
と私《俺だってかつては大学に勤めていた公務員なのだ、と云ったところであとのまつり、その時になって初めて公務員の偉さを知ったというものだ。 》普通なら賃貸を続けるところだが、御大はこうした。
《やむなくローンの適用はうけず、親戚の顔のきく銀行から金を借り、それで1時払いをして、あとはそちらの銀行に金を返すというしかけ。 》で、その借金を御大はどうしたか。
《腹いせに大急ぎで返してやった》。 あはっ、そうきたか。
「書いて稼ぐ」をビジネスの基本だと考えてみる。 それがどうした、というわけではないのだが。

なお、上記のエッセイはのちに『雪の北国から』(中公文庫)に収録されている。 再録にあたって1部修正が施されている。
書生的ゴーストライターI伏鱒ニが荻窪に自宅を建てた裏技のちに「黒い雨』『山根魚」などで知られるI伏鱒二(明治31年平成5年)は、広島県加茂村(現在の福山市)に地主の次男坊として生まれた。 早稲田の仏文科を中退後、同人誌を転々とし、幾つかの会社に勤めては辞め、ようやく昭和3年になって「鯉」を「三田文学」に、昭和4年に「山根魚」を「文事都市」に発表することによって文壇で認められてゆく。
その直前(昭和2年5月)、まだ海のものとも山のものともつかぬ文筆修行者兼フリーター時代に、I伏鱒二は都内郊外に土地を見つけ家を建てる。 印税も入ってこないのに、どうやって資金を工面したのか。
兄貴のことだから、いきなり金を送ってくれと言つては承知しないので、とにかく希望に溢れた青年が言うようなことを手紙に書いた。 兄貴に向って、自分はもう小説が書けないなどと、虚無的なことを言っては決してお金をうそよこさない。
よくわかっていた。 といって、まるきり嘘を言っては兄貴をだますことになる。

当今、最新の文壇的傾向として、美しい星空の下、ふけ空気の美味い東京郊外に家を建て静かに詩作に耽るものと、この2者1を選ぶ決心をつけはやることが流行っている。 自分は郊外に家を建て、詩作に耽りたい。
明窓浄机の境地を念じたいのである。 》(『荻窪風土記』新潮社)が名文家と言うべきだろうか。
若きI伏氏は、今度は土地を手に入れる。 氏は文章だけでなく、弁も立ったようである。
文豪の技は、もしかすると詐欺師に通じているのかもしれない。 《昭和2年の5月、私はここの地所を探しに来たとき、〔中略〕その辺には風よけのMに固まれた農家1軒と、その隣に新しい平屋建ての家が1棟あるだけで、人の姿といってはその野良着の男しか見えなかった。
私は畦道をまっすぐにそこまで行って、「おっさん、この土地を貸してくれないか」と言った。 相手は麦の根元に土をかける作業を止して、「貸してもいいよ。
坪七銭だ。 去年なら、坪3銭5厘だがね」と言った。
〔中略〕私は貸してもらうことにした。 帰りぎわに、「どこへ勤めているかね」と訊くから、「勤めるとすれば、中央沿線の駅に勤めるのだ」と答えた。
》(同書)こういういい加減なことを土地の農民に言って、I伏氏は2戸建ての新築を手に入れた。 当時、先輩作家の下請け原稿や、誰の著作とも知らぬままのゴーストライターとしての仕事によるものだった。
もっとも、この自宅建築でI伏氏は大工の金銭感覚にも問題があったようだ。 何でもいいから使ってしまわなくては物足りない。
多くの文士たちに共通している性のようである。 三生かかっても使い切れない額を得た」M博嗣氏無料のブログやサイトでの日記を出版して確実にモトがとれる1人に、ミステリィ作家のM博嗣さんがいる。

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